2012年2月5日日曜日

「自分でリハビリを倹約する」という動機づけ


 


 国民皆保険制度が完備している日本で、「お金がないから、医療が受けられない」という状況はそれほど表面化していない。しかしそのように呑気に構えていられるのは、自分が直接会計のお金を受け取る立場にいないからかもしれない。治療費の未収金は病院の経営上無視できない額で、回収のための専任のスタッフを置いている医療機関がある、とも聞いている。それでも自分の臨床と患者さんの経済力がどのくらい密接につながっているか、ということにそれほど意識を向けてきたわけではない。
 経済的に困窮している人には活用できる社会資源を紹介し、必要に応じてメディカルソーシャルワーカーに対応を依頼した。そうして臨床を継続してきた。患者さんが機能を回復し生活を取り戻す上で経済力は最重要な課題だが、そこを直接取り上げることは難しかった。しかし、そうは言っていられない事態が現実のものとなっている。

 超急性期病院から紹介状を持ってやってきたSさんは、糖尿病に脳血管障害を併発していた。歩行には支障のない状態で「右手が不自由だから、ここで治してもらいたい」との要望だった。私は最初に「リハビリテーション(以下:リハビリ)は治してもらうところではありません。Sさんが良くなるようお手伝いをするところです」と説明をした。初回の評価を終え外来リハビリのスケジュールを設定する段になって、突然Sさんが「お金がないんです」と言った。自分にはほとんど収入がなく毎回治療費を子どもからもらってきている、とのことだった。他にも何カ所か通院している病院があるのでお金がかかってしょうがない、と訴えた。正直にいえば、こちらも困惑した。どう対応していいのか分からなかった。とにかくその日は家でお子さんと相談をしていただくことにして、予約のことは連絡待ち、という対応をとらせてもらった。
 幸い翌朝Sさんから連絡が入ったことで、リハビリの継続をお子さんも了解したことが分かったが、実際の訓練場面でSさんはまたしても「お金がないんです」と訴えた。

 話していて分かったことは、Sさんは生活保護を受給する程度ではないが、自分の自由になるお金が乏しく毎回子どもから治療費を受け取っている。高額医療費負担の対象になるほどではないが、その費用はお子さんにとっても負担の大きなもので、親子関係にも大きく影響をしているらしい。リハビリに限っていえば、「1か月にいくらかかるのか」が分からなければ次の予約も取れない、ということだった。この返答に概算は許されない。医事課に確認を取り、具体的な自己負担額をお知らせした。改めて1か月分の費用を計算すれば、リハビリ通院は結構な金額になる。このお金を毎回子どもから受け取って通院する人がいる、ということに意識が向いていない、とはうかつだった。
 Sさんだったら、生活防衛のためにスーパーの広告を見比べて必要な品物が5円でも3円でも、もしかしたら1円でも安かったら、たとえ30分遠くまで足を延ばしてでもそちらを選ぶだろう。その切実さの上にリハビリの通院があることを考える必要があった。

 Sさんの状況をコーチングの基本プロセスであるGROWモデルでイメージしてみると、
Goal(目標を明確にする):右手が治る⇒右手で箸が使え、字が書けるようになる
Reality(現状を把握する):自分には自由になるお金がない
Resource(資源を発見する):歩くことは不自由ない、子どもの援助がある
Option(選択肢や方法を考える):どうすれば子どもにかかる負担を軽くできるか⇒リハビリを少ない回数で早く卒業する
Will(意志を確認する):自分でできることは自分でする

 そこで私は、GROWモデルをベースにSさんにこんな提案をした。「Sさんには、自分で練習できることが沢山あります。ここで覚えたことをお家で繰り返し練習して右手が良くなれば、ここへ通う回数も減らせます。その分リハビリの費用が浮きますから『倹約』になりますよ」。聞いているSさんの表情が変化した。「倹約」という言葉が機能したようだ。

 倹約には「むだを省いて出費をできるだけ少なくする」という意味がある。リハビリの通院を「むだ」とは思わないが、自宅でできることまで病院でする必要はない。ましてSさんは「誰かに治してもらいたい」という気持ちで来院しているのだから、自立を促す意味でも主体的に自分の課題に取り組んでもらう必要があった。Sさんにとって具体的に支出を減らせる提案は、現実的で有効だったようだ。
 ただ、このアプローチには機能する人としない人がいることを知っておかなければならない。ゴールと現実のギャップが大きすぎてどうしても埋めることができない場合もある。その場合はゴールの調整や、使えるリソースを総動員する必要がある。結果が伴わないこと=ご本人の責任、と短絡的に結論づけないことが肝要だ。

 それはともかくとして、私が提案をしている途中からSさんの座り方が前傾姿勢に変わり、少し多めの宿題もしっかりバックに入れて帰って行った。「お金がない」という言葉はもう聞かれなかった。


 「自分でリハビリを倹約する」という動機づけは高齢者にとって、抽象的な「自立への促し」や「放置しておくと、硬くなりますよ」という脅し(?)よりも有効だと思う。努力の結果が数値(しかも、金銭)として表れれば、それは頑張った自分への明確な「ご褒美」になるからだ。「あなたが自主トレをした分で、○○円のリハビリ費用が倹約できましたね」という会話ができたら楽しくなりそうだ。同業者には怒られるだろうか。


2 件のコメント:

  1. higeです。
    以前、リハビリコミュニティーで投稿させていただいてました。

    「リハビリの倹約」にGROWモデルを持ち込んだということについて、「なるほど!」と思わず膝を打ちました。

    もっとコーチングスキルを幅広く使うように、私のところでも取り組みたいと思います。

    「リハビリを倹約する」ことはとても大切だと思っています。
    当方(訪問リハビリでは、レセプトから集金まで自分たちで行行い、また、ご自宅の生活状況もわかるので、提供しているサービスがどのように利用者にとって金銭的な影響があるのかを、感じる機会が多いようです。

    2025年には介護保険料が、一万円を超えるかもしれないと言われている現状では、より少ない介護報酬とマンパワーでより高く多くの効果を挙げられるかということが、医療系であり田のサービスに比べ高い介護報酬である訪問看護・リハを提供する者としての課題と思っています。

    GROWモデルを利用した取り組みを参考にさせてもらいます。

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  2. higeさん、嬉しいフィードバックと貴重な情報をありがとうございました。


    2025年には介護保険料が1万円を超えるかもしれない、ということ。
    利用者の方のご自宅に伺うと、病院では分からないそのご家庭の生活状況が
    分かる、ということ。
    だからこそ、他のサービスよりも高額報酬である(私は、この自覚が素晴らしいと
    思います)訪問看護・リハを提供する者には、限られた資源で最大の効果を
    上げるために、利用者の方の自発性を動機づける必要があるということ。

    など、いただいたコメントには、私の書いたこと以上の貴重な発見と新しい
    視点が含まれていて、大変参考になりました。感謝しています。

    リハのスタッフには是非、「○回まで訪問が可能だから行く」ではなく、
    higeさんのような視点を持っていただきたい、と思いました。

    GROWモデルが参考になって何よりです。

    このブログをお読み下さってありがとうございました。
    今後ともよろしくお願いいたします。

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