コーチングでは、「傾聴」「共感」「質問」「承認」が主要なスキルとして紹介されています。「傾聴」「共感」「承認」が、あるコミュニケーションの中で、重層的に機能していることが多い(と言うより、分解が難しい)のに対し、「質問」は、他のスキルと連続的に使うことはあっても重なりあうことはないだろう、というのが私のこれまでの印象でした。
ところが、あるクライアントとの会話を通して「承認としての質問も、あるのかもしれない」と思えるようになり、個人的には大いに触発されています。
今回は、その経験のご紹介です(内容は、文脈を損ねない程度に加工してありますので、ご了承ください)。
みな子さん(50代、女性)は、肺がんが身体中に転移しています。今回は化学療法を受けるために入院しました。痛みが強いため、リハビリテーションで慎重な配慮をした上での運動を実施しますが、「良くならない」「痛みが強くなった」と苦痛をいつも訴えるような状態でした。時には、こちらの反応を試すように「この病気は、治るんですか?」と質問をすることもあります。身体を起していることが辛いので、ほとんどベッドに横になっており、食事もあまり摂れていません。みな子さんが自発的に行動を起こすのは、トイレに行く時と、車いすに乗って病院の敷地外に行き、喫煙をする時だけです。
病状からすれば、喫煙のような反治療的な行為は止められるはずでしたが、生命予後を考えると制止することにはそれほどの意味がない、と判断しているのか、病棟ナースは黙認状態でした。病状の深刻さについては私も知っていましたので、逆に何故あれだけの状態を押してまで、喫煙に向かうのか、が不思議でした。これは、愛煙家でなければ理解の難しいところなのかもしれません。とにかくみな子さんは、煙草が病状に障ることを知った上で、何をおいても喫煙に出かけて行きました。ただ、「自分のしたいことをしている」にしては、車いすを自走してエレベーターに向かうみな子さんの背中は孤独でした。
そのような中で、みな子さんと私との会話は言葉が少なく、苦痛をめぐってのやり取りが続いていました。何度も、喫煙に出かけて行く車いすのみな子さんを見かけ、「こんな寒い日にも、煙草を吸いに行っているのですか?」と声をかけましたが、彼女はかすかに頷くだけでした。
体力は日ごとに低下していましたが、ある日、みな子さんの体調が比較的良さそうだったので、私は改めて「今、どのように身の回りのことをしているのか」についての聞き取りを行いました。この時の二者関係は「まだ十分な信頼関係が築けていない」という印象です。聞き取りの中に私は、「利き手には、少し麻痺がありますね。麻痺のある手で、どんな風に煙草を持っていますか?」という質問を入れました。それを聞いた時の、少し驚き、初めてホッとしたようなみな子さんの反応は、私の予想をはるかに超えたもので、それから身振りを交えて煙草の持ち方を説明してくれました。説明が終わった時、みな子さんと私の関係性が少し進展したような気がしました。
それまでの私は作業療法士(医療従事者)として、クライアントの病状を更に悪化させる行為(喫煙)を認めるわけにはいかない、と思ってきました。ですから、「こんな寒い日にも、煙草を吸いに行っているのですか?」という何気ない言葉かけには、無意識のうちにどこか批判的なニュアンスが含まれていたのだと思います。けれども、孤独な車いすの背中を見ているうちに、喫煙をすることでしか今の自分を癒すことのできないみな子さんの気持ちを、少しずつ受け入れられるような気がしてきました。この段階で伝えた「麻痺のある手で、どんな風に煙草を持っていますか?」には、質問というオブラートに包んだ私の控えめな承認のメッセージを込めたつもりです。
コーチングでは、質問はクライアントの中にある答えを引き出すために行う、とされています。みな子さんは、質問に包まれた私からの「承認」メッセージにとてもよく応えてくれました。その反応によって私は、みな子さんが何を必要としていたのか、を知ることになります。それは質問本来の目的にも適っているような気がしました。
みな子さんは私に、「ポジティブにせよ、ネガティブにせよ、質問者の意図は、透明ガラスのように相手に伝わる」ことを教えてくれました。何故なら、メンタリティが低下しているクライアントほど、ノンバーバルレベルの情報を察知しやすいからです(そう考えると、バーバルレベルの「質問例文集」があまり役に立たないのも理解できるような気がします)。
どんなスキルもそうですが、「承認」をする場合にも、クライアントに受け入れられるための分かりやすい表現の方が良い、と思っています。その上で、今回のように正面を切って承認をすることがためらわれる場合や、シャイなクライアントに対しては、「承認を質問の形に込める」という方法も、コーチングスキルのヴァリエーションに該当するのかもしれない、と今はそんな風に考えています。コーチングスキルの重ね合わせ・掛け合わせ、という発想が個人的にとても気に入りました。何も新規なことを指しているのではなく、「私たちはすでに臨床の中でこれらのことを、例えば『共感的質問』もしているのでは?」などと妄想がたくましくなってきましたので、今日はこの辺で。
みな子さんは、あれ以来、多少のコンディションの悪さを押してでもリハビリテーション室に来るようになり、いくらか冗談が通じるようになりました。
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