「津波は、何もかも全部持って行ってしまった。家族が一人犠牲になったし、私たちも一ミリでもどちらかにずれていたら確実に死んでいた。そういう生死のぎりぎりのところを通り過ぎて、あれから色々あったし今も大変だけれど、だからこそ物ではなく、生きてさえいれば、家族と仲良く暮らすことさえできれば、という本当に大切なものが見えてきた」。
これは被災したNさんが、最後のセッションでお話された内容の一部です。とても力強い言葉でした。ご本人の承諾を得てご紹介しています。
コーチングを開始したのは、震災から1年後です。Nさんは仮設住宅に住みながら、子育てと仕事のことで迷っていました。復職したいけれど、震災の時の恐怖を思うと、子どもを他人の手に託して働くことができない、というのです。先のことを考えたいけれど、思考が停止して何も手につかない、という状態でした。
オリエンテーションの時にNさんが決めたゴールは、「3ヶ月後に、何かができていること」です。漠然としたゴールのようですが、思考停止の状態から「何かが」実現しているという状態になるには相当のプロセスが必要ですので、決して甘いゴールではありませんでした。
そして、3か月間。Nさんは、コーチングセッションを軸にして、それまで棚上げしていた「自分のことをじっくり見つめる」「やり残してきた過去を整理する」「具体的な活動をする」「やりたいことと現実との調整をする」などを着実に進めてきました。元々自我の強固な方ですしスキルも高かったので、どんどんやりたいことの計画が進むような時期もありました。でもNさんには、冒頭の「何が一番大切なことか」を見失わない賢明さが備わっていましたので、今はご家族との生活を大切にしながら、できることをできる範囲で進めていこう、というところに着地しています。
コーチングには適応範囲があります。例えば、「うつ」はアンコーチャブルと言われていますし、緊急時にはコーチングよりも指示命令が必要です。何も知識のない段階での新人教育には、コーチングよりもティーチングが機能します。そしてNさんのように震災から1年が過ぎ、いよいよ現実との直面化が必要になった段階では、コーチングが機能する可能性が高くなります。私がNさんにカウンセリングよりもコーチングの適応があると判断したのは、震災から1年が経過していたこと(緊急時ではない時期)と、Nさんには直接コーチング依頼のアクションを起こすだけの行動力があったから、でした。その判断は間違っていなかった、と思います。
Nさんに、最後のセッションで伺いました。
「Nさんにとって、コーチングはどのように機能しましたか」。
Nさんは「この時間は、自分のことだけを集中して考えられる大切な時間だった。私にコーチングは合っていた」。「自分にとって大切なものが、シンプルに見えてきた」。「自分の気持ちを言葉にできるようになって、自信がついてきた」etc・・・・。
Nさんの答えを聞きながら私は、「コーチングの構造」について考えました。構造とは、クライアントとコーチが、最初にコーチングのコンプライアンスに関する確認をして契約書を交わし、セッションの時間と方法を決め、お互いの役割を明確にすることです。その構造そのものが、クライアントにとっては「安全で守られた環境」になります。
Nさんは、コーチングの契約がなされた段階で「これで、ゆっくり眠ることができます」と言っていました。そしてかなりの安心感を持ち、自分との対話を続けていくことができました。
「守秘義務」が約束された環境は、私たちが想像する以上に意味のあるものです。特に、今回のような大きな震災では多くの人が被害を受けていますので、自分の個人的な悩みや相談を周囲に話すことができません。ですから「どのような人にコーチングが適するのか」の答えを私はまだ出せないでいますが、愚痴をこぼすことができないリーダーシップを取る立場の方、とか、「ケアする人」をケアするためにはきっと機能するだろう、と考えています。
エリザベス・キューブラロスは「死の受容過程」のプロセスを説きましたが、被災者にも特有の心理過程がある、と言われています。東京都立中部総合精神保健福祉センターによると、被災者の心理は『茫然自失期(災害直後)』⇒『ハネムーン期』⇒『幻滅期』⇒『再建期』と4つのステージをたどるとのこと。(http://bit.ly/gmFVUN)。クライアントによって個人差があることを前提の上で、それぞれのステージに応じたコーチングの仕方があるのではないか、というのが今のところの私の考え方です。もし、またNさんとのコーチングが再開したら、今度はずい分印象の違ったセッションになるでしょう。
最後に。Nさんとのコーチングに、特別なことは何もありませんでした。つまり、「被災者だから」とか「被災したから」といった理由で特別の配慮が必要だったわけではない、ということです。私はいつも、クライアントにはスキルが要る、と思っています。それは「コーチと対等でいる」ことと「自分に向き合うことのできる」スキルです。そして、Nさんにはそのスキルが備わっていました。それが、特別の配慮を必要としなかった理由です。
Nさんは今ソーシャルメディアを通じて、活発に自己発信をしています。彼女の主旨に賛同する人も多いとのこと。私も応援しています。
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