ある医師との会話から。
「へえ、コーチングを勉強しているの。いつから?
僕はね、コーチングが好かないんだよ。自分は、指示命令系のスタイルを変えるつもりがないし、
あんな、巷でやられている表層的なテクニックで対応したって、相手が
変わるとはとても思えない。研修も受けたことがあるけれど、
あんなものじゃ人は変わらないね。
この忙しいのに、『君はどう思う?』なんて悠長なこと、やってられないよ。伝えるべきことを伝えたら、あとは本人に任せる。それだけだ。
そりゃ、話しの1%くらいには、そういう事を意識しないでもないけどね。
とにかく、コーチングっていうのはね、あんまり好まないんだ。
その効果を見せてくれるんだったら、そのうち、勉強してもいいかなぁ、と思うよ」。
最初はどうなるか、と思っていたお話が、思いがけない方向に急展開したので、とても愉快でした。「好かない」とか「嫌いだ」とか言いながら、その割に気になっているようです。つまり、良い、と言われたから鵜呑みにするのではなく、効果を実感して自分で納得したら、勉強してやってもいい、と言っているのです。
お話の内容では、特に「表層的なテクニック」を何度も強調されていたので、研修ではよほどそういう印象を強く受けたのでしょう。第1印象はなかなか変えられません。
関心のある先生だっただけに、残念に思います。コーチングはもうすでに、淘汰される時代に入っていることが良く分かりました。
ところで、この先生は「効果を見せてくれるなら」と言っています。この言葉を内心、「それが難しい」と思いながら聞きました。「効果を出すことが」ではなく、「効果を証明すること」が、です。「人と人との言葉を介した変容を、誰もが納得する客観性のある方法で表現することができたら」、と思います。
やはり、医療の世界ではエビデンスが物を言う。「コーチングアレルギー」を治すには、「とにかく、良いんです」では説得力がないということです。
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