見覚えのあるCaféに辿り着いた。数年前、友人に案内されて訪れた場所だ。ゆったりとした居心地のよい空間だったことを覚えている。短い帰省中にぽっかりと空いた時間を、そんな所で過ごしたかった。
Caféのある一画は旭川の森林公園に隣接し、しゃれた建物が立ち並ぶ陶芸の里として知られている。昔から地名だけは知っていたが、初めて案内された時は、「まるで伊豆の別荘地のようだ」と驚いたものだ。
車のドアを閉めて入口を見ると、マスターが出迎えてくれていた。いや、出迎えというよりは、驚いたというか、少し当惑したような表情に見える。(今日は貸し切りだろうか。それとも、もう閉店の時間なのか)。マスターに、「開いていますか?」と聞いた。彼は、開いてはいますが、と言いながら私を中に案内してくれた。平屋の一軒屋は、いくつかのコーナー毎に雰囲気を変えて客席をしつらえてある。2組位の先客がいた。どこに座ろうか・・・・、広すぎて判断に迷う。「どこに座ったら?」と問いかけると、「どうぞ、どうぞ、お好きなところに」マスターはスリッパを用意しながら、私の好きにしていい、と言ってくれた。靴のままでもいいですよ。私は、スリッパに履き替えて、個室のようなスペースのソファに腰掛けた。
Cafeの中にいると、森にすっぽりと包まれているような安心感を覚える。大きな花瓶には野草が活けられ、様々な置物がCaféの雰囲気を作り出し、何より開放された窓から見える全ての景色が素晴らしかった。手入れの行き届いた店内は、以前と変わりない。ただ、夏休みが終わったせいなのか、店内は閑散としていた。その時は、ほぼ貸し切りのような状態を幸運だ、と思った。
やがてオーダーを聞きに来たマスターは、少しくたびれたメニューを差し出しながら「これしかなくて、お恥ずかしいのですが」と言った。「飲み物以外に用意できるのは、シフォンケーキだけです」。客にそこまで恥じることもないのに、と思う一方で何か伝わってくるものがあった。コーヒーとシフォンケーキの注文を聞くとマスターは、「ゆっくりしていって下さい」と言いながらカウンターに戻って行った。壁の向こうでコーヒー豆をひいているミルの音がする。一杯のコーヒーは丁寧に入れられるのだろう。全ての所作が、そのまま目の前に浮かんでくるようだった。ソファには、膝かけまで用意されている。このままここで、うたた寝をすることが許されるような柔らかな空間だ。やがて運ばれてきたコーヒーには、しっとりとしたシフォンケーキと温められたコーヒーミルクが添えてあった。失礼ながら閑散とした店なので、シフォンケーキが少し乾いていることも想定していた。それだけに、ミルクの温かさとシンプルなケーキの柔らかさが際立った。ソファにもたれ窓の外を眺めながらゆっくりとコーヒーを味わう、そんな贅沢なひと時を過ごした。
後から訪れた常連の客とマスターの会話が、とぎれとぎれに聞こえてくる。10月一杯でこの店をたたむらしい。それは雪国によくある「冬季休眠」ではなく、春が来ても開店の予定がない「閉店」のようだった。マスターがポットに新しいコーヒーを入れ、店内の客に振舞いながら「ゆっくりしていって」と声をかける。一見の客である私にも、チョコレートとコーヒーのお代わりがサービスされた。「10月で閉店ですか。残念ですね」。言ってしまってから、少し後悔した。今さら何の慰めにもならない。マスターは、かすかに頷きながら「ゆっくりしていって下さい」と言った。
店を出る時マスターから「9年、やりました」と聞いた。私がここを初めて訪れたのは、5年ほど前だったろうか。あの頃の賑わいはこの店にもそしてこの一画にも、もうないのかもしれない。「これから、どうされるんですか?」思わず尋ねた。が、「さぁ、酒でも飲んで寝ているかもしれません」。あぁ、まだ予定が立っていないのだ・・・・。「でも、ここにいますから。また、遊びに来てください」。マスターの言葉に少し救われるような思いで、私はCafeを後にした。
帰省中のCaféでのひと時。閉店することを知らなければ、あのケーキやコーヒーの味は、もっと違っていたのかもしれない。あたりの景色に溶け込んだ店内は、マスターの精一杯のホスピタリティと寂寥感で彩られていた。静かで深い時間だった。
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