2011年10月16日日曜日

「死」の非日常化と日常化について


 





1976年を境に在宅死亡者と病院死亡者の比率が逆転してから35年が過ぎた。今や病院死は全死亡数の8割(癌に至っては9割)を超え、人々が生の営みの一部として「死」を実感する機会は極端に奪われている。初めて遭遇するのが「自分の死」という場合もまれではなくなってきている。人々の死は、病院というブラックボックスの中に取り込まれ、非日常的な出来事と化した。片や、ブラックボックス(病院)の中では、「死」が日常化(常態化)している。近代医学はひたすら延命を追い求めたが、その治療の場である病院は「死にゆく場所」として機能するようになった。

 

 国民の6割近くが、在宅で息を引き取りたい、と望んでいるそうだ。それに対して8~9割以上の人が病院で亡くなっていると言う現実。つまり、「在宅で・・・」という人生最後の望みは、ほとんど叶えられていないことになる。これでは怖くて、自分の晩年のことなど正面から考えることもできない。自分には無縁のこととして意識の外に放り出すか、アンチエイジングにいそしみ、PPK(ピンピンコロリ)を望むのが関の山、ということになる。


 85歳の男性が脳梗塞になりリハビリテーションを受けていたが、どうしても自分の足で歩くことができず、車いす生活になることが予想された。ある日、彼は車いすに座りながら、杖で歩行訓練をしている他の患者をじっと見ていた。そして「こんな、こんな病気になるとは思わなかった」と悔し泣きをした。これは「人間、還暦を迎える頃には悟りも開け、どんな運命でも受け入れられるようになるのだろう」と想像していた若輩者の私にとって、大きな衝撃だった。85歳になってもまだ、病気になることも歩けなくなることも予想していなかった。当然目の前の現実を受け入れることもできない。そんな姿が痛ましかった。歩けなくなることが考えられないのであれば、「死ぬ」ことはもっと考えられないことだろう。何故だろう。「人生50年」と謡われていた頃、死はもっと身近な所にあったはずだが、永く生きられるようになるにつれて、人は自分がいずれ「死ぬ」ことを忘れ、あるいは考えないことにしているような気がする。少なくとも私は、自分がいずれ死ぬ、という事実を、このような文章を書いている瞬間でさえ、実感を伴って受け止めてはいない。



 一方、病院死は日常化した。病院の機能分化によってばらつきはあるものの、いずれの病院も10年前と比較して、患者層が高齢化していることは明らかだ。高齢者の入院患者が増える、ということはそのまま退院できないで亡くなる患者が増す、ということにもつながる。あまりにも「看取り」が日常化すれば、医療従事者が自分の、人としての感覚を正常に保つことが、とても難しくなる。緩和ケア病棟などでは、職員のバーンアウトに特別の配慮がされているのだろうか。少なくとも一般病院では、その限りではない。私がここで言いたいのは、クライアントの一回性のライフイベントである「臨終期」への対応には、その病院の「質」が顕著に現れるであろう、ということだ。良くも悪くも、医療従事者はクライアントや家族よりも「看取りの経験」を積んでいることが多い。だからこそ、その場面に立ち会うためのスキルを習得しなければならないのだと思う。私たちの足が自然に遠のく時にこそ、クライアントが、あるいは家族がもっとも不安と孤独を感じているかもしれない。そのような視座を持つことが、死が日常化している病院において、求められているのだと思っている。





311の大震災によって、人々は何の前触れもなく夥しい数の死を目の当たりにすることになった。自然は意識の外にあった死が、避けることのできない運命であることを否応なく突きつけてきた。「死」は被災地で日常化し、私たちに鮮烈に生きることの意味を問うている。

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