いつの間にか長くなってしまった職歴の中に、制服(白衣)を脱いだ時期があります。総合病院から単科の精神科へ転向した時でした。全てがゼロスタートだと自分に言い聞かせ、それまでの十数年のキャリアに封印をして、相当の覚悟を持って新しい環境に入りました。そこでは、これまでの知識や経験は全く通用しませんでしたし、予想をはるかに超えた洗礼とカルチャーショックも受けましたが、中でも次の一言は深く胸に刻まれました。
「あなたたちは、治療共同体の一部です。決して『治療者』などという意識は持たないこと。黒子として機能してください」。
元々自分はクライアントを「援助する」スタンスにある、と思っていましたので、それまで着ていた「白衣」に特別の思いはありませんでした。ですが、それをたたんで置いてきた途端降ってきた「黒子」という役割によって、私は、自分の中に潜在的にある「療法を行う者」としての意識が思いのほか強かった、ということに気付くのです。それほど「黒子」という強烈な言葉は、私のセルフイメージを決定的にしました。
その病院には、創成期から続く治療への確固たる理念と、文化が存在していました。ですからこの言葉も、本当に静かに伝えられましたし、素直に聞くことができました。私服で勤務することになっていましたので、私は黒子であるために、それからずっと黒い服にエプロンをつけて過ごしました。エプロン姿の一人のスタッフとして、他職種とチームを組み、歯車の一つとして機能することを学びました。
精神科では、クライアントの病態が全く違います。活発にスポーツができ、英会話や茶道もたしなみ、中にはコンピューターのプログラムを組み立てるクライアントもいました。生活のリズムが整わず、適切な人間関係が維持できないために、社会適応ができない人が多かったのです。ですから、それまで慣れ親しんできた身体障害に対するリハビリテーション医学は、ほとんど出番がありませんでした。その代わりに、耳にタコができるほど指摘されたのが「距離感」です。適切な(心的)距離を維持すること。それがクライアント(と自分)を守る最善の法、という方針でした。それは、正直なところ、私にとってはとても窮屈でストレスフルなものでしたが、逆にそれほど厳密にコントロールされた環境下で、自分の言動をチェックする、という良いトレーニングの機会だった、とも言えます。常に意識化しなければ、人と人との適切な関係性は維持できないのだ、ということを、上司の精神科医は繰り返し教えてくれました。
あとになってよく考えれば、その方針には多少病院としての自己保身的な側面もあったのかもしれません。例えば、デイケアのメンバー同士の恋愛を阻止するなど、がそれに当たります。でも、精神科でなくともクライアントと医療者間の転移・逆転移の課題は存在しますし、リハビリテーションの分野では「身体表現性障害」を抱えたクライアントへの対応に、相当の苦慮をすることが経験されています。その際に担当者は、自分の感情をコントロールしつつ、クライアントとの関係性を維持し続ける困難性を痛感するのです。そのような意味でもやはり「距離感」への認識は、大切な視点でした。
その後私は精神科を離れ、再び総合病院に身を置いています。以前と違うのは、セラピストがクライアントと無防備に私的な会話をしている様子を見ると、はらはらするようになったことでした。
彼は、自分がクライアントを見ているつもりで実は評価されていることに気づいているだろうか。クライアントが、どんな願望と期待をもって彼の話に相槌を打っているのか、を考えているだろうか。彼がアイスブレークのつもりでも、クライアントは苦々しさを内に秘めて、しかたなく頷いていることを知っているだろうか、etc・・・・。セラピストは、気をつけているつもりでも、つい、自分の素顔が白衣の隙間から見えてしまうことがあります。どうぞ、「ほほえましい若者」と評価される範囲でありますように。
まして、自分の内と外を区別する制服(白衣)がない状態で、対人援助をする場合(訪問リハなど)は、よけいに「距離感」を意識することが必要かもしれません。自分を知る鏡(他者の視線)が乏しい環境で、自分の立ち位置を確認する作業は、忙しさの中で、ともすれば後回しになってしまうからです。
もちろん、治療的手段として距離を操作する場合は、この限りではありません。以前、ここでセラピストの「タメ口」について触れましたが、今回の「距離感」も、その延長線上のお話です。言わずもがな、の内容を繰り返してしまいましたので、今日はこの辺で。
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