医学の進歩もさることながら、こんな余裕のないご時世を反映して、働き盛りの人たちは病気になってもすぐに現場に戻っていきます。
例えば軽い脳梗塞にかかった場合、少し前なら入院治療をし、退院してからも自宅療養をして、ゆっくりと職場に戻っていく、というプロセスを辿っている人が多かったのですが、最近はずい分様子が変わりました。何より、病名を職場に伝えたがらない。病欠を取りたがらない。というより、取れない状況です。今の自分のポストは指定席ではなく、常に誰かに奪われるという恐怖に晒されているのでした。
こんな時に、退院のための生活指導で「~をしてください。そうしないと、再発しますよ」と言っても、「分かっています。分かってはいますが」という返答が返ってきます。頭では分かっていても、状況がそれを許さない。自分の身を守れる環境にはない、ということです。
Aさんは、脳梗塞で入院した50代の男性です。幸い症状は軽く、すぐに院内を自由に歩けるようになりました。職場で責任のあるポストについているらしく、常に携帯電話で職場と連絡を取り合い、外出届を出して出勤もしていました。週末に退院することになっていたので、いつから出勤する予定なのか、を確認したところ、当然のことのように「週明けからです」との応答です。Aさんの性急さに不安を覚えながらの終結でしたが、結局3週間後に再発・再入院となりました。手当が早くて適切だったこともあり、この時もそれほど大きな後遺症はなく、Aさんはまた職場に戻って行きましたが、それからの5年間というもの、様々な病気を併発して入退院を繰り返しています。持ち前の根性でその都度荒波を乗り越えてはいますが、さすがに最近は「しんどい」という言葉を口にするようになってきました。一見普通の生活をしているように見えますが、Aさんはブレーキの壊れた車のように、どこかにぶつかるまで自分を止めることができない状態の中で、息切れをしていたのです。私はこれを機にライフ&ワークバランスを考えていただこう、と,<5年後のイメージ>を質問しました。その時の答えが「私、生きている気がしない」です。即答でした。思いがけない返答に私は驚いて、家族のこと、仕事のこと、自分自身のこと、など様々な角度から問いかけや提案をしましたが、ネガティブな答えだけが返ってきます。
その上、「どうしたらいいんでしょう?」と救いを求めてくるばかりで、一歩も進みません。それ以降も、聞いていてもはらはらするような生活習慣は、相変わらずです。
このような事例は、珍しくありません。「頭では(理屈では)分かっていても、行動が伴わない」。「自分に対して、責任が持てない」。そして、最も多いのが「自分を庇えない状況」。本当にどうしたらいいのか?
コーチングの書籍には「アンコーチャブルな(コーチングに適さない)人」が紹介されています。Aさんは、その中の「常に否定的に考える人」に該当しますので、クライアントとしては、コーチングの効果が期待できない人かもしれません。でもAさんに限らず、このような人はとても多いのです。
このようなクライアントを私は「アンコーチャブルな人」ではなく、「アンコーチャブルな状態・状況にある人」と理解するようにしています。「人」に焦点を当てるのではなく、「事柄」に焦点を当てる。これは、コーチングでよく使われている考え方です。そうすることで、「いくら説明しても分からない、理解力のない人」とみなしてしまう自分から自由になれますし、クライアントを受け入れることがよりスムーズになります。結果的に、お話を伺う私の気持ちにも余裕が出てきます。もちろん、これはいつでもできていることではなく、そのように理解できる自分になることを目標にしている、ということで御理解下さい。実際は、感情が伴いますので、難しいことも多いのですが。
「どうしたらいいんでしょう?」とクライアントが言う時、それを「依存」と解釈するのではなく、また私に答えを求めているのでもなく、自分の中の答えを探しているのだと理解します。「5年先は、生きている気がしない」と言う時、それは決して捨て鉢な意味ではなく、「生きたい」という気持ちの現れ、だと受け止めます。
近未来的な結果を求めるのであれば「こちらがいくら頑張っても」、クライアントが「何も変わらない」、クライアントを「何も変えられない」ことには、大きな徒労感が伴います。けれどもこちらが求めている「クライアントの改善」は、まだクライアント自身のゴールにはなっていないのかもしれない。そう気がつくと、向き合う態度が前向きになれます。
今私は、Aさんの「5年先には、生きている気がしない」という言葉と救いを求める目に、何か手掛かりがあるような気がしています。
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