2012年9月23日日曜日

クライアントの「目標(ゴール)」を具体的にイメージすると


 
 リハビリテーションに限ったことではありませんが、クライアント(Cl.)の「目標達成」には、ご本人がどのくらい具体的に「目標」をイメージしているか、が大きな鍵になります。具体的にイメージするほど結果に大きな違いが出る、と実感するようになってから、私はリハビリテーション総合計画書[1]の「患者さんの希望」欄を積極的に利用するようになりました。
 
 Cl.への初対面の挨拶から始まって、様々な情報収集や心身両面の評価を行いつつ、私はできるだけ早いタイミングで、この「希望」を伺うようにしています。
 
 「ところで、今一番『こうなったらいいな』と望むことは、どんなことでしょうか」。
 
 この問いかけはオープンクエスチョンですので、Cl.によって様々な答えが返ってきます。
 
・とにかく早く仕事に戻れることです!
・そりゃあ、元通りに治してもらいたいよ。
・痛くて夜も眠れない。何とか、この痛みだけでも治まってくれたら・・・・。
・今は、家族に負担をかけている。早く、家族に迷惑をかけないようになりたい。
・歩いて、買い物に行けるようになりたい。
・前のように、旅行に行きたい。
・せめて、人の世話にならずに、トイレに行けるようになりたい、etc・・・・。
 
 中には、
・もう、先のことなんて考えられない。
・何も、したくない。
・何も、しないでほしい。このまま、逝かせてほしい・・・・など、
目標設定どころではないような応答もあります(こんな時の応答には、私自身が否応なく出てしまいますし、後で『あんな受け答えでよかったのだろうか』と、色々考えることにもなるのですが、このことについてはまた機会を改めて)。
 
 
 このように、時間にすれば1分にも満たないような会話の中には、病状の深刻さに加えて、心理的な苦痛や家族関係、背負っている役割の重さ、もっと言えば、生き方まで伺い知ることのできるような情報が含まれることがありますので、大切な部分です。また、どのように答えて良いか分からないCl.には、「では、『せめてこれだけはできるようになりたい』と思っているのはどんなことですか」と、答えやすい質問に変えて、できるだけ生の声を聴くように努めます。
 
先の例にも挙げたように、オープンクエスチョンを投げかけて返ってくるCl.の答えには、ストレートもあれば変化球もあり、中にはどんなに守備範囲を広げても、私のミットでは捉えることのできないものもあります。またCl.にしても、投球距離が10メートルなのに、「50メートルも100メートルも投げられる、投げたい」と切実に望み、一方で「全然投げられない」と思い込んでいることもあります。
 
 そのような場合は、軌道修正をしたり、その方のストレス耐性を計りながら少しずつ現実検討を促して、具体的な目標を設定する段階に進みます。
 
 たとえば「元通りに治してもらいたい」という言葉が返ってきた時、私はこんな感じでお話を進めます。
 
Th.(セラピスト):元通りになったら、どんなことができますか。(漠然としている希望を、具体的なイメージに落とし込むための質問)。
Cl.:毎日外に出て、買い物に行けます。今までと同じように。
Th.:毎日外に出て、買い物に行けるんですね(リフレイン)。
Cl.:そう。
Th.:どういう状態になったら、外に出て買い物に行けそうですか(買い物に行く自分の姿を、具体的にイメージしてもらう)。
Cl.:自由に歩けるようになれば、行けると思います。
Th.:自由に歩けるようになれば、行けると思っているんですね。ところで、いつも行くお店までは、歩いて何分くらいかかりますか(少しずつ、現実的な質問へ)。
Cl.:歩いて、10分くらい。
Th.:ということは、片道10分、お買い物に15分かかるとして、往復の時間を入れると、家を出てから帰ってくるまで、35分から40分くらい外で歩けるようになれば、買い物に行けるということですね。

 運動機能などの評価はできていますので、この辺りまで来ると「買い物に行きたい」という希望が現実的な目標になるかどうか、がお互いに何となく分かってきます。話しながら、Cl.がどんな姿で買い物に行くのか、そこには介助者が必要なのかどうか、杖を使っているのか、シルバーカーが要るのか、それとも誰かに車いすを押してもらっていくのか、途中で休憩場所が必要なのかどうか、などのイメージが頭に浮かんできます。あるいは、将来的にも屋外に出ることは難しい(Cl.は知らないことが多い)ので、目標を「自分でいつものお店に行って買い物をする」から「必要なものを誰かに頼んで、買ってきてもらう」に変更しなければならない。そのことを徐々にCL.に受け入れてもらう、というプロセスが必要になる場合もあります。
 
これはほんの一例ですし、目標と現実のギャップを埋める方法には様々なヴァリエーションがあります。共通しているのは、どのくらいCl.が「目標」を意識しているか、意識できるか、によってリハビリテーションの進捗状況が変わる、ということです。もちろん、ストレス耐性や認知機能、病状によっては告知の有無など、現実への直面化には配慮しなければならない点が色々あります。その上で、Cl.自身にも「この治療の当事者」としての意識を持ってもらうよう質問をしていくと、双方で「同じ目標」を共有することができますし、そうすることによって目標達成への期間や目標の高さを変えることも可能になってきます。
 
 
Th.:ところで今は、どのくらい動けますか。
Cl.:家で動けなくなって救急車で入院してから、今日初めて車いすに乗ったけど、今はこれがやっと。
Th.:そうですか。入院してから初めて車いすに乗って、30分も座っていられるなんて、体力がありますね(承認)。
Cl.:・・・・でも、こんな状態じゃあ。
Th.:歩くための第1歩は、まずベッドから離れるところから。良いスタートですよ。
Cl.:そうですか?
 
こうして、会話は続いていきます。でも、少しきれいすぎますね。花はさみで、余分なところはカットしてあります。どうぞ、ご了承ください。
 
 
 
[1] 定期的な医師の診察及び運動機能検査又は作業能力検査等の結果に基づき医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、社会福 祉士等の多職種が共同して作成するもの。
 







 

2012年9月9日日曜日

「お話の内容」と「伝えるスキル」


久しぶりのブログ更新です。こんにちは。

 

 

 

これまでのブログ投稿では、改まった調子で硬い書き方をするのが「わたし流」と(勝手に?)決めていましたが、今回は少し雰囲気を変えてみよう、と思います。

 

理由は、先日参加した学会(「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会学術大会」<平成24830日~91日・札幌>)での気付きから。

 

 2日間、びっしりと様々な方の講演やシンポジウムをお聞きしました。参加者の皆さんは、とても熱心。最終日のポストコングレスセミナーは夜の830分までの予定、というのに、眠っている人がほとんど見当たりません。おそらく前夜は、親しい人たち同士、ススキノあたりで旧交を温めたでしょうに。私も、頑張って参加しました。演者の先生方も最後まで熱かったですし。

 

ところで、最後の最後に気付いたことがあります。

 

それは、同じ持ち時間でも、あっという間に終わった(と、感じる)お話と、そうでないお話がある、ということです。こうして書いてしまうと、当たり前のことのようですが、それが、どうしてなのか、少し不思議な気がしました。もちろん、自分の興味がある内容なら当然あっという間なのでしょうが、ここでは興味の有無を度外視して下さい。

今までにも色々な機会に、多くの先生方のお話を伺う機会がありましたが、これほどの差を感じることはありませんでした。

 

結論から言えば、今まで以上にプレゼンテーション・スキルの高い先生が目だった、ということです。なので、これまで通りの伝え方をしている先生との格差が広がった、とステージを見上げているこちら側からは、見えてしまう。

 

最近では、スティーブ・ジョブスやアンソニーロビンズの楽しくて親しみやすい、それでいて計算し尽くされたプレゼンテーションが注目を浴びています。まさか、学術大会でそんな手法が必要か、と思われるかもしれませんが、必要だと思います。何故なら、その方が「伝わるから」です。

 

聞き手が楽しくて疲れなくて、記憶に残る、そんなお話ができれば、学習も効果的ですね。これまで医療従事者と言えば、真面目にやってきたことを真面目に伝えるのが定番でした。でも、硬くて真面目な内容だからこそ、時々息抜きをしながら(させながら)、笑いを誘うような構成を考えることも必要なんだな、と最近は特にそう思います。

 

 歯科や薬剤師の先生方のプレゼンテーション・スキル、高くなりましたね。よく、勉強されているのでしょう(もとからです、とおしかりを受けるかも?)。

 

 少し脱線するかもしれませんが、もう一例。フィットネスクラブのインストラクターから学んだこと。同じプログラムを扱っているのに、インストラクターによって、どうしてこんなにこちらのモーティベーションやパフォーマンスが変化するのだろう、ということです。一方、これを自分の立場に置き換えてみると、ハッとすることも。クライアントの持てる力を引き出すには、ただ伝えるだけでは不十分だということですね。

 

 

というわけで、自分の「言葉以外のメッセージがどんな風に伝わっているのか」について、少し意識を向けるようになりました。皆さんは、いかがですか。では。

 

 

2012年7月29日日曜日

10年後のコミュニケーションスキル


 ここ数年、私が勤務している病院ではリハスタッフが、かなり頑張って実

習生を引き受けてきました。そして異口同音に「話が伝わらない」「指導

が、活かされない」「こちらの話を聞いているのかどうか、分からない」と悩

んでいました。取り立てて問題のある学生はいませんでしたが、とにかく

最低限の課題すらしてこない、とスーパーバイザーをはじめ関係スタッフ

は頭を抱えていたのです。課題が多いのではなく、むしろ「これ以上、削る

ところがない」くらい減らしているのに、何故あっけらかんと「できませんで

した」と言えるのか理解できず、どのように本人とコミュニケーションを取れ

ばいいのか、困っていました。



 

 リハビリテーションの分野では、指導者自身が若いことも多く、実習シス

テムが看護教育と比べて未整備ですので、現場での試行錯誤はもう少し

続くでしょう。そのような中で、最近は学生の臨床実習をより良いものにす

るため、メディカルコーチングやクリニカルクラークシップなどの様々な取

り組みが紹介されるようになってきました。ともあれ、「ゆとり教育世代」と

言われる学生には、養成校も現場もこれまでとは違った対応を迫られて

いるようです。

 


 ところで、上記のようなことは、これまでにも色々なところで書かれている

と思いますので、今日は少し視点を変えてみましょう。



 これから10年後のことについて。



今でも、わずか数年前まで学生だった現場のスタッフと現役学生との間

にはディスコミュニケーションが生じています(ちなみに、ディスコミュニ

ケーションは和製英語なのだそうですね)。今の学生が臨床現場に出た

10年後、先輩後輩のジェネレーションギャップが埋まっていれば良いの

ですが、逆にコミュニケーションが取れない状態になってはいないか、と

少し心配もしています。



もっと気になるのが、クライアントとのギャップです。10年後と言えば、

高齢化社会もピークを迎え、対象のクライアントの多くは80代以上とな

ります。団塊の世代も、リハビリテーションの対象年齢になります。この

世代には高学歴者が多く、主張するべきことははっきりと主張しますし、

筋の通っていないことには断固として抗議をしてくるでしょう(何しろ、学

生運動で世の中を動かした世代ですから)。
 

セラピストには、専門知識や高い手技を発揮する前提として、クライアン

トとラポールを形成し、ニーズを把握しゴールを設定して、クライアントの

潜在能力を引き出すためのコミュニケーションスキルが必須となります。

今から、備えておく必要があるでしょう。「そんな基本的なことは、とっく

に習得している」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、この

点に関しては自己評価よりも他者評価の方が厳しいことが多いのです。

私たちが挨拶程度のことをして応答があったから、と言ってそれはラポ

ールが形成された、とは言えません(クライアントの方がリップサービス

をしてくれていることもあります)。





今、手元に「10年後に食える仕事、食えない仕事」(渡邊正裕)という本

があります。内容はまさしくタイトル通り。職種によって、人件費の安い

外国に労働市場がすぐにでも移転するものと、しないものがある。医療

職が安泰か、と言えばそうでもない。医師や薬剤師など、日本語での高

いコミュニケーションスキルを必要とする職種は食べていけるが、この本

によればナースも外国人ナースにとって代わられる可能性がある、との

こと。そう言えば、今は国策としてフィリピンなどから看護師候補者を受

け入れている状況ですから、この情報には信ぴょう性があります。


 では、私たちの職種はどうでしょう。日本人のクライアントを対象としてい

ても、言葉以外のボディランゲージである程度意志伝達が図れる仕事

で、そもそも私たちの母国語でのコミュニケーションスキルが低ければ、

いつ外国人セラピストに参入されても不思議はありません。クライアント

が高齢で認知症の場合、セラピストが日本人でなくとも共感能力が優

れていれば、ノンバーバルコミュニケーションを駆使することで、ディスコ

ミュニケーションを克服できるからです。





例えば、これまでネイティブスピーカーとのリアルな英会話学習はとても

高額でしたが、今はスカイプを使うことで、フィリピンの優秀な大卒者を

相手にいつでもリーズナブルに英会話が学べます(詳しくは、ネットで

「レアジョブ」を検索してください)。同じスキルなら、リーズナブルな方が

選ばれるのは自然のこと。



あえて、自分に聞いてみましょう。自分の仕事は、日本語でなければ伝

わらないのだろうか。メラビアンの法則によれば、バーバルコミュニケー

ションはコミュニケーションの7%にすぎません。あとは、ノンバーバルコ

ミュニケーション・ボディランゲージで伝わるものです。そもそも、日本の

リハビリテーションは英語圏から輸入されたものですし。私たちのライバ

ルは、急激に増えている同業他者ですか。それとも他職種ですか。私

は、ここに外国人のセラピストも入れておいた方が良いのでは、と思って

いますが。





こうしてみると、いつまでも、内輪で「ディスコミュニケーション」に悩んで

いる場合ではないような気がしてきます。

                                                                                           


2012年7月8日日曜日

~被災したNさんとのコーチング~


 「津波は、何もかも全部持って行ってしまった。家族が一人犠牲になったし、私たちも一ミリでもどちらかにずれていたら確実に死んでいた。そういう生死のぎりぎりのところを通り過ぎて、あれから色々あったし今も大変だけれど、だからこそ物ではなく、生きてさえいれば、家族と仲良く暮らすことさえできれば、という本当に大切なものが見えてきた」。



これは被災したNさんが、最後のセッションでお話された内容の一部です。とても力強い言葉でした。ご本人の承諾を得てご紹介しています。



コーチングを開始したのは、震災から1年後です。Nさんは仮設住宅に住みながら、子育てと仕事のことで迷っていました。復職したいけれど、震災の時の恐怖を思うと、子どもを他人の手に託して働くことができない、というのです。先のことを考えたいけれど、思考が停止して何も手につかない、という状態でした。

 オリエンテーションの時にNさんが決めたゴールは、「3ヶ月後に、何かができていること」です。漠然としたゴールのようですが、思考停止の状態から「何かが」実現しているという状態になるには相当のプロセスが必要ですので、決して甘いゴールではありませんでした。



 そして、3か月間。Nさんは、コーチングセッションを軸にして、それまで棚上げしていた「自分のことをじっくり見つめる」「やり残してきた過去を整理する」「具体的な活動をする」「やりたいことと現実との調整をする」などを着実に進めてきました。元々自我の強固な方ですしスキルも高かったので、どんどんやりたいことの計画が進むような時期もありました。でもNさんには、冒頭の「何が一番大切なことか」を見失わない賢明さが備わっていましたので、今はご家族との生活を大切にしながら、できることをできる範囲で進めていこう、というところに着地しています。





 コーチングには適応範囲があります。例えば、「うつ」はアンコーチャブルと言われていますし、緊急時にはコーチングよりも指示命令が必要です。何も知識のない段階での新人教育には、コーチングよりもティーチングが機能します。そしてNさんのように震災から1年が過ぎ、いよいよ現実との直面化が必要になった段階では、コーチングが機能する可能性が高くなります。私がNさんにカウンセリングよりもコーチングの適応があると判断したのは、震災から1年が経過していたこと(緊急時ではない時期)と、Nさんには直接コーチング依頼のアクションを起こすだけの行動力があったから、でした。その判断は間違っていなかった、と思います。



Nさんに、最後のセッションで伺いました。

Nさんにとって、コーチングはどのように機能しましたか」。



Nさんは「この時間は、自分のことだけを集中して考えられる大切な時間だった。私にコーチングは合っていた」。「自分にとって大切なものが、シンプルに見えてきた」。「自分の気持ちを言葉にできるようになって、自信がついてきた」etc・・・・。



Nさんの答えを聞きながら私は、「コーチングの構造」について考えました。構造とは、クライアントとコーチが、最初にコーチングのコンプライアンスに関する確認をして契約書を交わし、セッションの時間と方法を決め、お互いの役割を明確にすることです。その構造そのものが、クライアントにとっては「安全で守られた環境」になります。

Nさんは、コーチングの契約がなされた段階で「これで、ゆっくり眠ることができます」と言っていました。そしてかなりの安心感を持ち、自分との対話を続けていくことができました。



「守秘義務」が約束された環境は、私たちが想像する以上に意味のあるものです。特に、今回のような大きな震災では多くの人が被害を受けていますので、自分の個人的な悩みや相談を周囲に話すことができません。ですから「どのような人にコーチングが適するのか」の答えを私はまだ出せないでいますが、愚痴をこぼすことができないリーダーシップを取る立場の方、とか、「ケアする人」をケアするためにはきっと機能するだろう、と考えています。





エリザベス・キューブラロスは「死の受容過程」のプロセスを説きましたが、被災者にも特有の心理過程がある、と言われています。東京都立中部総合精神保健福祉センターによると、被災者の心理は『茫然自失期(災害直後)』『ハネムーン期』『幻滅期』『再建期』と4つのステージをたどるとのこと。(http://bit.ly/gmFVUN)。クライアントによって個人差があることを前提の上で、それぞれのステージに応じたコーチングの仕方があるのではないか、というのが今のところの私の考え方です。もし、またNさんとのコーチングが再開したら、今度はずい分印象の違ったセッションになるでしょう。



最後に。Nさんとのコーチングに、特別なことは何もありませんでした。つまり、「被災者だから」とか「被災したから」といった理由で特別の配慮が必要だったわけではない、ということです。私はいつも、クライアントにはスキルが要る、と思っています。それは「コーチと対等でいる」ことと「自分に向き合うことのできる」スキルです。そして、Nさんにはそのスキルが備わっていました。それが、特別の配慮を必要としなかった理由です。







Nさんは今ソーシャルメディアを通じて、活発に自己発信をしています。彼女の主旨に賛同する人も多いとのこと。私も応援しています。





Nさんの活動: http://kozakana3.kinugoshi.net/












2012年6月27日水曜日

「コーチングの効果を見せてよ」


 


 ある医師との会話から。





「へえ、コーチングを勉強しているの。いつから?
僕はね、コーチングが好かないんだよ。
自分は、指示命令系のスタイルを変えるつもりがないし、
あんな、巷でやられている表層的なテクニックで対応したって、相手が
変わるとはとても思えない。研修も受けたことがあるけれど、
あんなものじゃ人は変わらないね。
この忙しいのに、『君はどう思う?』なんて悠長なこと、やってられないよ。
伝えるべきことを伝えたら、あとは本人に任せる。それだけだ。
そりゃ、話しの1%くらいには、そういう事を意識しないでもないけどね。
とにかく、コーチングっていうのはね、あんまり好まないんだ。


・・・・・・だけどね、ちゃんとコーチングができる人もいるんだろうし、
その効果を見せてくれるんだったら、そのうち、勉強してもいいかなぁ、と思うよ」。


<…つまり、コーチングに関心がある、ということですね>


「そりゃそうだよ、そうでなきゃ、こんなこと言わないよ」。





最初はどうなるか、と思っていたお話が、思いがけない方向に急展開したので、とても愉快でした。「好かない」とか「嫌いだ」とか言いながら、その割に気になっているようです。つまり、良い、と言われたから鵜呑みにするのではなく、効果を実感して自分で納得したら、勉強してやってもいい、と言っているのです。



 お話の内容では、特に「表層的なテクニック」を何度も強調されていたので、研修ではよほどそういう印象を強く受けたのでしょう。第1印象はなかなか変えられません。
関心のある先生だっただけに、残念に思います。コーチングはもうすでに、淘汰される時代に入っていることが良く分かりました。





 ところで、この先生は「効果を見せてくれるなら」と言っています。この言葉を内心、「それが難しい」と思いながら聞きました。「効果を出すことが」ではなく、「効果を証明すること」が、です。「人と人との言葉を介した変容を、誰もが納得する客観性のある方法で表現することができたら」、と思います。





 やはり、医療の世界ではエビデンスが物を言う。「コーチングアレルギー」を治すには、「とにかく、良いんです」では説得力がないということです。


 「その効果を見せてくれるなら」・・・・かなり挑戦的な言葉です。先生は、笑いながら言いましたが。


ちょっと悔しいので、リベンジを目論んでいます。