2011年9月11日日曜日

「エリザベス・キューブラ・ロスの晩年」

 
 「死の受容の五段階」で著名なエリザベス・キューブラ・ロス博士の晩年は、脳卒中の発作を繰り返して左半身麻痺になり、アリゾナ州の砂漠の一軒家で一人暮らしをする、というひっそりとしたものだった。また、読者からの手紙など読むのもいや、と言い、人生における成功など全く無意味だ、と笑ったそうだ。それまでの聖女のイメージを裏切るかのような晩年のロスを知った時、私は意外なことの展開に驚くとともに、心のどこかで納得もしていた。



 「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」の5段階から成るロスの「死の受容過程」を必死に学んだのは、初めて終末期のクライアントを担当した頃だった。この時、何の手立ても持ち合わせていない私にとっては、ロスの理論が唯一の手掛かりだったが、結果的にこれは私のクライアントにそぐわなかった。何故ならその人は、最初から全てを受容していたかのように、いつも穏やかに淡々と過ごしていたからである。大学を卒業したばかりで、私よりもずっと若い女性が、その病気のためにフィアンセから何から全てを失ったのにもかかわらず、何故あのように端然と生きていられたのかは今でも分からない。心肺停止状態になってからは、気管切開をしたために言葉を発することもできなくなった。にもかかわらず、彼女は自分の心の葛藤を表出することなく、いつも同じように私たちを迎え、受け入れ、見守っていてくれた。あれからずい分時が過ぎたが、今でもあの頃の彼女のイメージは私の中で変わっていない。



 リハビリテーションにおいては、「クライアントの予後受容」が鍵概念だと考えていたので、その後しばらくはこの言葉にこだわった。「そのために、自分にできることとは何か」、答えを見つけたかった。しかし、多くの回り道をしてようやく辿り着いたのは「予後受容は、そう簡単にできるものではない」という結論だった。徒労感もあるが、それまでに出会った多くの方々から私は「受容などと、そんなことは理論通りにできるものではない」ということを学んできたので、今のところはこのあたりで足踏みをしている。一方で、「どのようにして彼女はあのように振舞い続けられたのか」、という問いは消えていない。これを考え続けることが私の生涯の課題、と位置付けているのだが。





 ともあれ、ロスの晩年のエピソードは、私にはむしろ人としての自然な反応、と思えた。田口ランディは、『死生学』[]「エリザベス・キューブラ・ロス」(東京大学出版)でこう書いている。



「脳卒中で倒れる前のロスは、そのカリスマ性により<ある種の神聖さ>を醸し出していたという。多くの人は、ロスが死ぬまで神聖であり続けると信じていた。でも違ったのだ。ロスは人々の聖女であり続けることから降りてしまった。神聖なイメージをかなぐり捨て、自分の惨めさを露呈し、毒舌で神を批判する意固地な老女としておよそ9年間を生きて死んだのだった」。



 ロスは、長い間身にまとっていた「聖女」のイメージを捨て、その仮面(ペルソナ)の下の生身の自分をさらけ出すことで、自分自身を取り戻したのかもしれない。心理学的に「ペルソナ」とは、社会に適応する為に身に付けた表面的なパーソナリティのことを指す。人は、職場での役職、家庭での立場など、状況に応じた役割を果たすが、ペルソナとして選択されなかったものは、無意識へと抑圧されている。光(ペルソナ)が強ければ強いほど、その影(抑圧された自己)もまた深くなる。影は影のままで生涯を閉じることはできない。そのため、危機的状況においては、無意識の(抑圧された)自己がペルソナと対立することもある。ロスの晩年のエピソードをこのように解釈すると、理解が進む。





 終末期に、ある方がこう言った。「私は、自堕落な生活だけは・・・・・・・、したくない、と思っています」。私は、この沈黙の中に言葉にならない様々な思いが込められているような気がして、「今まで、散々真面目にやってこられたのだから、てっきり『自堕落な生活がしたい!』と言うのか、と思いましたよ」と言った。それを聞いたその方は、一瞬「言い当てられた」という表情をし、それから二人で大きな声で笑った。「自分で身にまとったペルソナでも、それだけでは息苦しい」ことを教えてくれた一場面だった。



 ロスの晩年の生き様は、「聖女」を装い続けることの何倍も多くのことを語ってくれた。これを、「脳卒中の発症により、感情のコントロールがきかなくなった」哀れなロス、と解釈することも可能だが。



「死の受容過程」で世界中に名を轟かせたロスにして、これほどの栄光と挫折を味わう。改めて、晩年を生き抜くことのハードルの高さと孤独、を思う。そして再び、「私たちにできることは何か」を考える。あの時の若いクライアントが教えてくれた多くのことを、私はまだ理解できていない。


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