2012年2月26日日曜日

緊急時の判断とコミュニケーションスキル


 
 
 先日、とある会合で救命救急士のリーダーとお話をしました。救命救急士と言えば、一刻を争う傷病者に手当をしてERemergency room)まで搬送する緊急時対応の専門家。高いスキルと冷静な判断力、何よりもチームワークが必要です。現場で求められるスキルや、どんなふうに若手を指導・育成しているのか、について伺いました。


―どういう人がこの道を目指しますか?

A:色々です。人助けをしたい、という人から、TVで活躍しているのを見て「かっこいい」と思った人まで、動機は様々ですね。でも、実際はそんなにかっこいいものではありません。時には、傷病者から罵倒されることも。酔っ払い、とかね。ですからせっかく資格を取って職に就いても、辞めてしまう人がいるんですよ。思っていた仕事とは違う、と言ってね。


―ご苦労が多いお仕事だと思いますが。

A:傷病者への手当てもそうですし、受け入れ病院を捜すのがとにかく大変です。時間との戦いですから。これは傷病者の状態にもよりますが、救急隊と病院との信頼関係が大きく影響します。普段からきちんとコミュニケーションが取れているかどうか、ですね。正確な情報を伝えないで搬送してしまうと、その後病院から信用されなくなる、ということもありますから。結果的に人命に関わることですから、コミュニケーションスキルはとても大切です。

―コミュニケーションスキルを上げるには、どのように指導していますか。

A:きちんとした報告・連絡・相談ですね。自分の思いこみだけでは相手に伝わらない、と指導します。そこで信用を落とせばチームワークを乱し、受け入れ病院を失うことにもつながる。しかし、若手の中には「親にも怒られたことがなかった。初めて怒られました」という人もいますから、自分達が鍛えられた時のようにはいきません。注意した後は一呼吸置いて必ずフォローをするよう、主任達には伝えてあります。難しいですね。

―今企業では、部下の特性に合わせた指導・育成が生産性を上げる、と言われています。救急隊での指導は、どのようにしているのでしょうか。

A:個人の特性に合わせる、というよりは現場から学ぶことが多いので、経験を積み、先輩から学び、事例を振り返ることでスキルを上げていきます。ただ、救命救急士の定年退職などによる入れ替わりは1割以上なので、育成が大変です。


―個人差もあるでしょうが、何年くらいで一人前と言われるレベルになりますか。

A:これは、本当に個人差が大きい。入った情報を元に救急車の中でてきぱきと先取りをして準備をする者から、指示を待って動く者まで様々です。見込みのある者は1年で使いものになる。ならない者は何年たってもならない。使えるやつには、次々と仕事を任せられる。最初は非正規職員で採用しますが、見込みのあるやつには正職員というポストを与えます。彼(と、少し離れた所にいる若者を見ながら)なんかは、うちのホープとして期待しているんですけどね。



 リーダーの話の内容は、私がこれまで抱いていた救命救急士のイメージを裏付けるものでした。時間との戦いの中で、人命救助のためにベストを尽くす。個ではなくチームとして動く。救命救急のスキルが人命に直結する、など。


 意外だったのは、コミュニケーションスキルの重要性です。この場合、情報を正確に伝達することは言うまでもないことですが、そこには予想以上の個人差があり、結果的に受け入れ病院との信頼関係にも影響を及ぼしていることが分かりました。裏話として、同じ救急隊でも問い合わせる隊員によって先方の病院の受け入れ態度が変わることもあるのだそうです。「あの隊員の情報なら、信頼ができる(あるいは、できない)」という判断をされるとのこと。伝えるべき基本的な内容にそれほどの差がある、とは思えません。ただ伝え方によって情報への信頼感が変わり、その後の受け入れにまで影響を与えている、という内容は大変興味深いものでした。緊急時であるほど、それまでの信頼関係が瞬時の判断を左右する、ということはどの現場にも共通するものです。人命を左右するコミュニケーションスキル。医療安全に及ぼす個人レベルでのコミュニケーションスキルの重要性を改めて知るとともに、その指導・習得が今後の課題であることも伺われました。

 恐らく、指示を先取りし現場へ向かう救急車の中で準備ができる隊員は、受け入れ先を探すスキルも高いのではないか、と思います。救命救急士のゴールは、傷病者を安全に適切な医療機関につなぐことにあります。そこまでのプロセスがインプットされているからこそ事前の準備ができるし、受け入れ先が必要としている情報を適切に伝えることもできるのでしょう。
 
 
 

2012年2月5日日曜日

「自分でリハビリを倹約する」という動機づけ


 


 国民皆保険制度が完備している日本で、「お金がないから、医療が受けられない」という状況はそれほど表面化していない。しかしそのように呑気に構えていられるのは、自分が直接会計のお金を受け取る立場にいないからかもしれない。治療費の未収金は病院の経営上無視できない額で、回収のための専任のスタッフを置いている医療機関がある、とも聞いている。それでも自分の臨床と患者さんの経済力がどのくらい密接につながっているか、ということにそれほど意識を向けてきたわけではない。
 経済的に困窮している人には活用できる社会資源を紹介し、必要に応じてメディカルソーシャルワーカーに対応を依頼した。そうして臨床を継続してきた。患者さんが機能を回復し生活を取り戻す上で経済力は最重要な課題だが、そこを直接取り上げることは難しかった。しかし、そうは言っていられない事態が現実のものとなっている。

 超急性期病院から紹介状を持ってやってきたSさんは、糖尿病に脳血管障害を併発していた。歩行には支障のない状態で「右手が不自由だから、ここで治してもらいたい」との要望だった。私は最初に「リハビリテーション(以下:リハビリ)は治してもらうところではありません。Sさんが良くなるようお手伝いをするところです」と説明をした。初回の評価を終え外来リハビリのスケジュールを設定する段になって、突然Sさんが「お金がないんです」と言った。自分にはほとんど収入がなく毎回治療費を子どもからもらってきている、とのことだった。他にも何カ所か通院している病院があるのでお金がかかってしょうがない、と訴えた。正直にいえば、こちらも困惑した。どう対応していいのか分からなかった。とにかくその日は家でお子さんと相談をしていただくことにして、予約のことは連絡待ち、という対応をとらせてもらった。
 幸い翌朝Sさんから連絡が入ったことで、リハビリの継続をお子さんも了解したことが分かったが、実際の訓練場面でSさんはまたしても「お金がないんです」と訴えた。

 話していて分かったことは、Sさんは生活保護を受給する程度ではないが、自分の自由になるお金が乏しく毎回子どもから治療費を受け取っている。高額医療費負担の対象になるほどではないが、その費用はお子さんにとっても負担の大きなもので、親子関係にも大きく影響をしているらしい。リハビリに限っていえば、「1か月にいくらかかるのか」が分からなければ次の予約も取れない、ということだった。この返答に概算は許されない。医事課に確認を取り、具体的な自己負担額をお知らせした。改めて1か月分の費用を計算すれば、リハビリ通院は結構な金額になる。このお金を毎回子どもから受け取って通院する人がいる、ということに意識が向いていない、とはうかつだった。
 Sさんだったら、生活防衛のためにスーパーの広告を見比べて必要な品物が5円でも3円でも、もしかしたら1円でも安かったら、たとえ30分遠くまで足を延ばしてでもそちらを選ぶだろう。その切実さの上にリハビリの通院があることを考える必要があった。

 Sさんの状況をコーチングの基本プロセスであるGROWモデルでイメージしてみると、
Goal(目標を明確にする):右手が治る⇒右手で箸が使え、字が書けるようになる
Reality(現状を把握する):自分には自由になるお金がない
Resource(資源を発見する):歩くことは不自由ない、子どもの援助がある
Option(選択肢や方法を考える):どうすれば子どもにかかる負担を軽くできるか⇒リハビリを少ない回数で早く卒業する
Will(意志を確認する):自分でできることは自分でする

 そこで私は、GROWモデルをベースにSさんにこんな提案をした。「Sさんには、自分で練習できることが沢山あります。ここで覚えたことをお家で繰り返し練習して右手が良くなれば、ここへ通う回数も減らせます。その分リハビリの費用が浮きますから『倹約』になりますよ」。聞いているSさんの表情が変化した。「倹約」という言葉が機能したようだ。

 倹約には「むだを省いて出費をできるだけ少なくする」という意味がある。リハビリの通院を「むだ」とは思わないが、自宅でできることまで病院でする必要はない。ましてSさんは「誰かに治してもらいたい」という気持ちで来院しているのだから、自立を促す意味でも主体的に自分の課題に取り組んでもらう必要があった。Sさんにとって具体的に支出を減らせる提案は、現実的で有効だったようだ。
 ただ、このアプローチには機能する人としない人がいることを知っておかなければならない。ゴールと現実のギャップが大きすぎてどうしても埋めることができない場合もある。その場合はゴールの調整や、使えるリソースを総動員する必要がある。結果が伴わないこと=ご本人の責任、と短絡的に結論づけないことが肝要だ。

 それはともかくとして、私が提案をしている途中からSさんの座り方が前傾姿勢に変わり、少し多めの宿題もしっかりバックに入れて帰って行った。「お金がない」という言葉はもう聞かれなかった。


 「自分でリハビリを倹約する」という動機づけは高齢者にとって、抽象的な「自立への促し」や「放置しておくと、硬くなりますよ」という脅し(?)よりも有効だと思う。努力の結果が数値(しかも、金銭)として表れれば、それは頑張った自分への明確な「ご褒美」になるからだ。「あなたが自主トレをした分で、○○円のリハビリ費用が倹約できましたね」という会話ができたら楽しくなりそうだ。同業者には怒られるだろうか。