2014年9月8日月曜日

「承認」の効果とリスク

「えらい! 君もやればできる!」。

長い間低迷していたクライアントがようやく行動を起こし始めた時、嬉しさのあまりつい口から出てしまったこの一言で、「それまでに蓄積してきた二者関係が、一瞬で水泡に帰した」と、あるセミナーでサイコロジストが述懐していました。せっかくそこまでペーシングを維持してきたのに残念だ、という意味のことを言われていたと記憶しています。

前後の文脈は思い出せませんし、これだけを切り取って過度の一般化をすることは避けなければなりません。しかし、このエピソードはコーチングのコアスキルの一つである「承認」を扱う場合にも起こりうることです。なぜなら「承認」は、伝え手の思いと受け手の取り方にギャップが生じやすい、という意味で難易度(リスク)の高いスキルだからです。


最近はコーチングやビジネス関連の書籍に、「承認&モーチベーション」や「ほめて伸ばす」という類いのタイトルを目にすることが珍しくなくなりました。指示命令型のマネージメントはすでに時代遅れ、「アメとムチ」式も対象者を型にはまった人間として単純化しすぎている。人材が多様化している現代こそ、最新バージョンの「承認」でマネージメントをするのが優れたリーダーの条件,と謳われています。しかも、給与などの有限の報酬と違い「承認」は無尽蔵の資源であるのだから、と、まるで「それを使わない手はない」と言われているような気がしてきます。



けれども私は、「承認」をすることにもされることにも、ある種の抵抗を感じてきました。
「どうして承認されているのに、心の中で反発が起こるのか」。
「どうして承認をしようとしている自分を、不自然でわざとらしいと感じるのか」。

 おそらく冒頭のクライアントは、その時までサイコロジストが自分のことを「対等」(横の関係)に扱ってくれている、と感じていたのでしょう。だから、行動が変わった。ところが、「えらい!君もやればできる!」で突然、上下関係を見せつけられたのです。送り手のどこかにあった上下(縦)関係を、クライアントは瞬時に察知したのでしょう。それほどほめる(承認)行為には、送り手の中にある無意識の「評価者的立ち位置」が現れやすい。受け手に反発を感じさせる理由の一つがこれです。

「褒められているうちは半人前と自覚せよ」(野村克也)。

ほめられているうちは、相手と自分は対等ではない。ほめる・ほめられる、という関係には、それだけのメッセージ性がある。ですから、誰からほめられるのかが、重要になります。尊敬し、あこがれている雲の上のような人からの「よくやった」は、モーチベーションを高く上げてくれる。その一言が、一生の宝物になるかもしれない。けれども、例えば内心(実力は、自分の方が上なんだけど・・・)と思っている上司がいたとして、仮にその人から同じことを言われても、「あなたから、上から目線でほめられても、あまりうれしくない」。やる気もパフォーマンスも上がらない、ということになるのです。

相当意識をしてスタッフの承認をしているけれど、あまり効果が実感できない。そういう時は「評価者的上から目線」になっていなかったかどうか、を振り返ってみましょう。次に、対等な立場から出てくる言葉を探してみる。ヒントは、「私なら、誰からどう言われると嬉しいか」です。

 多くの人は承認を求めています。「その一言で、こんなに喜んでくれる」。効果は非常に大きい。けれども使い方を誤ると、あっという間に効果が逆転するリスクも持ち合わせています。

もう一つ、承認をするうえでの大切なポイントを、以下の名言から。

「褒めることの効果は大きい。しかし、プロである以上、プロの水準で褒めなければならない。ホームランを打った選手に「ナイスバッティング!」と言うような監督はプロとして失格」(野村克也)

縦関係での承認には留意が必要であると同時に、相手の水準に合わせたものであることが必要です。無尽蔵の資源ではあっても、やみくもに使えばよい、と言うものではない。

 承認のコツは、「できるだけ、できるだけ具体的に」です。私も、苦手意識を克服し、スムーズな承認ができるようになることを目指します。