リハビリテーションに限ったことではありませんが、クライアント(Cl.)の「目標達成」には、ご本人がどのくらい具体的に「目標」をイメージしているか、が大きな鍵になります。具体的にイメージするほど結果に大きな違いが出る、と実感するようになってから、私はリハビリテーション総合計画書[1]の「患者さんの希望」欄を積極的に利用するようになりました。
Cl.への初対面の挨拶から始まって、様々な情報収集や心身両面の評価を行いつつ、私はできるだけ早いタイミングで、この「希望」を伺うようにしています。
「ところで、今一番『こうなったらいいな』と望むことは、どんなことでしょうか」。
この問いかけはオープンクエスチョンですので、Cl.によって様々な答えが返ってきます。
・とにかく早く仕事に戻れることです!
・そりゃあ、元通りに治してもらいたいよ。
・痛くて夜も眠れない。何とか、この痛みだけでも治まってくれたら・・・・。
・今は、家族に負担をかけている。早く、家族に迷惑をかけないようになりたい。
・歩いて、買い物に行けるようになりたい。
・前のように、旅行に行きたい。
・せめて、人の世話にならずに、トイレに行けるようになりたい、etc・・・・。
中には、
・もう、先のことなんて考えられない。
・何も、したくない。
・何も、しないでほしい。このまま、逝かせてほしい・・・・など、
目標設定どころではないような応答もあります(こんな時の応答には、私自身が否応なく出てしまいますし、後で『あんな受け答えでよかったのだろうか』と、色々考えることにもなるのですが、このことについてはまた機会を改めて)。
このように、時間にすれば1分にも満たないような会話の中には、病状の深刻さに加えて、心理的な苦痛や家族関係、背負っている役割の重さ、もっと言えば、生き方まで伺い知ることのできるような情報が含まれることがありますので、大切な部分です。また、どのように答えて良いか分からないCl.には、「では、『せめてこれだけはできるようになりたい』と思っているのはどんなことですか」と、答えやすい質問に変えて、できるだけ生の声を聴くように努めます。
先の例にも挙げたように、オープンクエスチョンを投げかけて返ってくるCl.の答えには、ストレートもあれば変化球もあり、中にはどんなに守備範囲を広げても、私のミットでは捉えることのできないものもあります。またCl.にしても、投球距離が10メートルなのに、「50メートルも100メートルも投げられる、投げたい」と切実に望み、一方で「全然投げられない」と思い込んでいることもあります。
そのような場合は、軌道修正をしたり、その方のストレス耐性を計りながら少しずつ現実検討を促して、具体的な目標を設定する段階に進みます。
たとえば「元通りに治してもらいたい」という言葉が返ってきた時、私はこんな感じでお話を進めます。
Th.(セラピスト):元通りになったら、どんなことができますか。(漠然としている希望を、具体的なイメージに落とし込むための質問)。
Cl.:毎日外に出て、買い物に行けます。今までと同じように。
Th.:毎日外に出て、買い物に行けるんですね(リフレイン)。
Cl.:そう。
Th.:どういう状態になったら、外に出て買い物に行けそうですか(買い物に行く自分の姿を、具体的にイメージしてもらう)。
Cl.:自由に歩けるようになれば、行けると思います。
Th.:自由に歩けるようになれば、行けると思っているんですね。ところで、いつも行くお店までは、歩いて何分くらいかかりますか(少しずつ、現実的な質問へ)。
Cl.:歩いて、10分くらい。
Th.:ということは、片道10分、お買い物に15分かかるとして、往復の時間を入れると、家を出てから帰ってくるまで、35分から40分くらい外で歩けるようになれば、買い物に行けるということですね。
運動機能などの評価はできていますので、この辺りまで来ると「買い物に行きたい」という希望が現実的な目標になるかどうか、がお互いに何となく分かってきます。話しながら、Cl.がどんな姿で買い物に行くのか、そこには介助者が必要なのかどうか、杖を使っているのか、シルバーカーが要るのか、それとも誰かに車いすを押してもらっていくのか、途中で休憩場所が必要なのかどうか、などのイメージが頭に浮かんできます。あるいは、将来的にも屋外に出ることは難しい(Cl.は知らないことが多い)ので、目標を「自分でいつものお店に行って買い物をする」から「必要なものを誰かに頼んで、買ってきてもらう」に変更しなければならない。そのことを徐々にCL.に受け入れてもらう、というプロセスが必要になる場合もあります。
これはほんの一例ですし、目標と現実のギャップを埋める方法には様々なヴァリエーションがあります。共通しているのは、どのくらいCl.が「目標」を意識しているか、意識できるか、によってリハビリテーションの進捗状況が変わる、ということです。もちろん、ストレス耐性や認知機能、病状によっては告知の有無など、現実への直面化には配慮しなければならない点が色々あります。その上で、Cl.自身にも「この治療の当事者」としての意識を持ってもらうよう質問をしていくと、双方で「同じ目標」を共有することができますし、そうすることによって目標達成への期間や目標の高さを変えることも可能になってきます。
Th.:ところで今は、どのくらい動けますか。
Cl.:家で動けなくなって救急車で入院してから、今日初めて車いすに乗ったけど、今はこれがやっと。
Th.:そうですか。入院してから初めて車いすに乗って、30分も座っていられるなんて、体力がありますね(承認)。
Cl.:・・・・でも、こんな状態じゃあ。
Th.:歩くための第1歩は、まずベッドから離れるところから。良いスタートですよ。
Cl.:そうですか?
こうして、会話は続いていきます。でも、少しきれいすぎますね。花はさみで、余分なところはカットしてあります。どうぞ、ご了承ください。
[1] 定期的な医師の診察及び運動機能検査又は作業能力検査等の結果に基づき医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、社会福 祉士等の多職種が共同して作成するもの。