実習生を指導しているスーパーバイザー(SV)から相談を受けました。「学生は、素直で真面目ですが、指導された課題(宿題)をやってこないことが多く、そのことにあまり後ろめたさを感じていないようです。自分が学生の時はもっと頑張ってきた、と思うのでどう対応したら良いのか、悩んでしまいます」。このような相談は、珍しいことではありません。
昨年1年間、私は養成校の先生向けのグレードアップ講座で、教育現場の様々なお話を伺いました。中でも「実習地に臨む学生は、さながら戦地に赴く戦士のような悲壮な覚悟と緊張感をもっている」という内容には、とても驚いたものです。実習生がそんな状態でいるとは、考えたこともありませんでした。
けれども、実習地不足の中でやっと手に入れたこの機会にもし不合格にでもなれば1年を棒に振るかもしれない、というプレッシャーがどれほどのものか、は想像に難くありません。それが何年か前まで同じ実習生だったはずの先輩方に伝わらないのは、どうしたことでしょう。「SVは、自分が学生だった頃のことを忘れている」とは、ある教官のつぶやきですが、とにかくSVから見える学生は、「淡々とできる範囲でマイペースに実習をこなしている、あまり無理をしない存在」なのです。
もちろん、SVは真剣に指導をしようとしています。特に、「できるだけ学生の主体性を尊重しよう」というスタンスの人ほど、自分の中にある「せめてこのくらいはクリアして欲しい」という思いと学生の態度のギャップに悩んでいるのです。
ここで少し、両者のギャップについて考えてみましょう。
最初に学生の立場から。
学生にとって最も身近で現実的なゴールは、「国家試験に合格すること」です。そのためには、学科の単位を取得し、実習に合格し、卒論を仕上げ、無事卒業をしなければなりません。その間に進路を決め、就活もします。中には同時進行が難しいので、国家試験を終えてから就活を始める人も珍しくないそうです。特に実習は最もハードルの高い課題ですから、余裕のない学生にとっての就活は実習を終えてからでなければ始まりません。
ところで、実習の合格ラインはどのあたりに設定されているのでしょうか。養成校によって多少の違いはあるものの、今なら年間理学療法士で10000人、作業療法士なら5000人の有資格者を産出できるハードルの高さ、ということになります。そのために学校では「不合格にならないための、合格最低ライン」を設定していますから、学生は常にそれを意識しているもの、と思われます。
次にSVの立場から。
SVは様々な理由で実習指導を引き受けますが、実習生に求める合格ラインは一般的に養成校が設定しているものより高めで、学生が最終学年であれば「来年同僚として一緒に働くなら、せめてこのくらいは」というレベルを想定しています。ここには、自分が実習で辛くても頑張った経験や、今の自分のレベルが基準となっていることが多いのですが、それをSV自身はあまり意識していません。
「無事に通過することが目標」の学生が、「学生に全力投球をしてもらうことを求める」SVに出会った時、様々な軋轢に何とか耐え抜いた学生なら「歯を食いしばって頑張った」体育会系のド根性をお土産に持ち帰ることになります。自信をつける貴重な経験になるかもしれませんが、恐らく自分がSVになった時には、同じような指導をするでしょう。また、それに耐えられなかった学生は途中棄権せざるを得ません。
こうしてみると、双方のベクトルは最初から合っていない。たぶん、教育制度の矛盾や問題点が実習現場で表面化しているのでしょうが、そこに原因を求めたところで現状をすぐに変えることはできません。ギャップが埋まらないままに、学生は出席日数をクリアし規定のレポートを作成し、ほとんどが実習に合格して卒業し、国家試験に通り、臨床で働くことができます。「今時の学生は、分からない」と言っているばかりでは、遠からず世代間ギャップに苦しむことになるでしょう。
何故複数の先輩から違うことを言われても、学生が「はい」とだけ返事をしているのか、を考えてみました。このような場合、複数の視点を持つというメリットと共に、学生は「臨床には、唯一正しい答えというものがない」ことを知り、「それはおかしい」とか「違うのでは」と言えない立場上、ダブルバインドどころかトリプルバインドに陥っている可能性があります。「あの学生は、元気がない」と言われても、仕方がありません。
実習が始まって2週間も過ぎたころ、実技指導の時間に学生がスタッフとお互いの体をマッサージし合いました。「ずい分しっかりした大腿ね。何かスポーツをしているの?」「はい、小さい頃からサッカーを」。やっと、にっこり笑ってくれました(そうか、やっぱり今まで緊張していたんだ)。
以下は、相談をしてきたSVへの質問です。
1、
「せめてこのくらいは」というゴールを、具体的にイメージして下さい。
2、
そのゴールは、今の学生のスキルで、実習期間中に到達可能ですか。
3、
SVのゴールは、学生のゴールとベクトルが合っていますか。また、学生はそのゴールに同意していますか。
4、
実習期間中のタイムスケジュールは、どのようになりますか。
5、
では、何から始めますか。
SVは「やってみます」と言いました。実習生へのコーチングは、SVがするでしょう。双方のベクトルが一致することを期待しています。