2013年5月26日日曜日

「承認」のスキルについて


 

 

 「承認」は、コーチングのコアスキルの一つ。出だしから硬い内容で恐縮ですが、マズローの欲求5段階説では、生理的欲求、安全・安定の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5つのカテゴリーが階層をなしている、と考えられています。最下位の生理的欲求が満たされれば、次に安全・安定の欲求が、その次には社会的欲求が呼び起されてくる。この説によれば、承認は上位の欲求ということになります。とりあえず生きていく上で必要な「食糧」や「水」、そして銃の不安のない生活や住まい、職場や学校に自分の居場所があること、それらがある程度手に入ると今度は、自分の存在価値や意味を誰かに認めてもらうことを必要とする、というのです。

 

 しばしば「承認」は「褒める」ことと同じ意味で使われています。たいていは、それで良いのでしょうが、一方でいつも同じとは限らないだろう、と私は思っています。例えば、私があなたのことを「承認」しているつもりで、「すごいですね」とか「さすが!」と言っても、そのほめ言葉が「承認」になっているかどうか、はあなたがどう感じるかに依存しているからです。普段はあまりそのことを意識していませんが。

 

 「承認」には重いものから軽いものまでが含まれると、太田肇氏は言っています(承認とモチベーション)。軽い承認の例としては、職場での態度や言動、仕事ぶり、仕事の出来栄えなどが、一方重い承認の対象には、その人の出世、尊敬や名誉、名声、などが挙げられます。前者については、感覚的・無意識的にその人を動機づけることが多く、後者への欲求はより認知的で意識的であるため、その分こだわりが強い、とされています。例えば、あなたがオリンピックの金メダリストになり「世界一」になったことへの承認を求めている時に(現実の金メダリストが、そういうことを求めるかどうかは、分かりませんが)、「あなたは、クラスで一番走るのが速かったわよね」と言われても、自分の価値を認めてもらった、とは思えないでしょう。つまり、褒めるところのポイントを外しては意味がないことはもちろん、褒め方によっては逆効果になることも押さえておく必要がある、ということです。

 

 「承認欲求」とは、「相手から認められたい」感情の総称です。送り手の「承認をする」は、「相手を認める」ことです。内心では「それほどでもないけれど・・・」と思いながら言葉だけで「褒め」ても、逆に相手を白けさせてしまうことは、メラビアンの法則で証明されていますね。人は、相手から言葉と態度で矛盾した別々のメッセージを受け取ると(ダブルバインド)、非言語的なメッセージからの情報を敏感に察するということです。

 

 

 ところで「承認」には、「軽い」「重い」の他にも、「無条件の承認」もしくは「絶対的承認」があるような気がします。「いつ、どこで、あなたが何をしようとしまいと、あなたの存在そのものを私は認めています」というものです。このような承認ができるのは、親子や家族のような特別な関係か、宗教的・哲学的な悟りを得た人かもしれません。承認の送り手として、このレベルはなかなかできることではありませんが、一方受け手にとってみれば、このような承認をしてくれる人の存在がどれほどの力になってくれるか、は想像に難くありません。

 

 このように考えると「承認」には、内容にも伝え方にも様々なバリエーションがあって、とても奥の深いもの、ということが分かります。

 

 

 以前のブログ「コーチングの効果を見せてよ」で触れましたが、コーチングを受けた、あるいは学んだ経験のある人の中には、「あんな表層的な言葉のやり取りで、何が分かるんだ」という不信感を持っている人がいます。これを聞いた時私は、とても残念な気持ちになりました。以来、「表層的」と思われないためにはどうしたらいいのだろう、と試行錯誤を繰り返しています。今回のように、「一つのスキルへの考察を深める」というのも、その一つなのです。

 

 そうそう、思い出しました。「あなたの存在を認めています」という承認には、「挨拶」も含まれる、ということを。廊下ですれ違う時の軽い会釈やアイコンタクトが、「存在承認」になるのです(労を惜しまず、やってみましょう)。

 

 

 最後に、「承認」と「褒める」ことの使い方に意識を向けることの大切さ、を感じたエピソードを御紹介して、今回の稿を終わりにします。

 

 ある朝、私は鈴木さんと、林さんのことについて情報交換をしていました。鈴木さんは同僚。林さんは他部署の人です。私「林さんって仕事熱心な人だから、自分が誰かの役に立っていることをフィードバックされる(褒められる)と、ますます行動が速くなるのよ」。鈴木「そうか、じゃ、おだてるといいんだ!」。私が「相手を褒めること」を、「仕事が速く進む」という結果と短絡的に結びつけたために、頭の回転が速い鈴木さんは「じゃ、おだてればいいんだ」と理解してしまいました。

 

 「おだてる」には、「うれしがることを言って、相手を得意にさせる。何かをさせようと、ことさらに褒める。もちあげる」という意味があります。私は、林さんに対する承認の気持ちを表現したつもりでしたが、それが「おだてればいいんだ」になってしまっては、むしろ林さんの価値を貶めることになります。慌てて、鈴木さんに「おだてるという言い方は失礼でしょう」と言いましたが、内心では「言わせてしまった責任は自分にもある」と思っています。

 

 「承認」と「褒める」と「おだてる」。無造作に扱えば、同じ言葉を使いながら、全く別のメッセージを伝えることになってしまいます。この違いへの感受性を育むことが、「表層的なスキル」にしないためのコツ、なのかもしれません。

2013年5月5日日曜日

私たちの「コミュニケーションスキル」


 先日、セミナーでランチを御一緒させていただいた外資系企業の方から、こんなことを伺いました。

 

 「中川さん、日本は中国に追い越されます。中国人のハングリー精神はすごいです。それに比べて日本人は、今の生活に満足している。目標を持っていない」。

 

 この方は台湾出身のチャーミングな女性で、日本支社の社長をしています。この日は、中国への出張を終えて日本に戻ってきたばかりでしたので、よけいに中国の印象が鮮明だったのかもしれません。もう一つ、こんなことも話していました。

 

 「台湾でも外国人介護職を受け入れていますが、彼らの仕事のレベルはとても高く、評判が良いです」(ここでいう外国人介護職とは、フィリピンの人のことを言っているようです)。病院の中では普段聞けないお話でしたので、とても興味深く伺いました。

 

 日本でも、高齢者が増え若者の労働人口が減少しつづけています。都心では、日本人以外の人たちを見かけることが日常的になってきました。今後は更に、医療や介護の分野にも、外国の人が参入してくるでしょう。ランチをいただきながら、「その時には、どんな人が、その人たちに仕事を教えたり指導したりするのだろう」と考えました。看護の世界ではもうスタートしていることです。外国人介護職の指導・育成に、日本人の介護職やリハビリテーションのスタッフが関与する日も、遠からず訪れることでしょう(すでに、スタートしているかもしれません)。

 

 外国の人が日本で働くための参入障壁で最も大きいのは、「言葉」の課題だと言われています。特に医療・介護の分野では、「クライアントとのコミュニケーションがスムーズであること」が求められますし。

 

 

この時私は、全く別のことを思いつきました。それは、「日本語ができなくても、コミュニケーションはとれるかもしれない」。なぜなら、「クライアントに向き合った時、サービスの質を左右するのは、ノンバーバルコミュニケーション」だと思っていたからです。たとえば、こんなことがありました。車いすに乗ったクライアントを、病室に送っていた時のこと。わずかな段差の前で、私はごく自然に車いすを押すスピードを落としました。すると、その人は「まぁ、まぁ、すみませんね。気を使っていただいて」とお礼を言って下さったのです。認知症が進み、自分の年齢も、今いる場所も、時には息子の顔さえ見分けのつかない人が、(後ろから車いすを押していたので)姿も見えないはずの私の、ごくさりげない配慮をこれほど敏感に察知してくれたことに、つくづく驚き感激しました。言葉でも語調でも見た目でもない情報が、しかも、いわゆる認知症の方にこれほどビビットに伝わるなら、評価の高い外国人介護職の人が日本で働くことは、それほど非現実的なことではないかもしれない、と思ったのです。

 

 リーダーシップや自己啓発本で、「コミュニケーション」という文字が見当たらないものはありません。コミュニケーションの定義は幅が広く色々な捉え方ができますが、あらゆる分野で、「言葉」だけではないコミュニケーションスキルが求められています。もちろん、医療・介護の分野でも。

 

 

 今30歳前後の人たちが、40代前半になるころに2025年がやってきます(もう、耳にタコができるほど聞かされたことですね)。では、

 

・その時、自分やまわりがどうなっていたらOKですか?

 

 あまり重すぎる課題を前にすると、思考が停止する、と言われています。12年後のことなど、今は考えられないし考えたくもない、と言う人もいるかもしれない。でも、ランチをいただきながら私がドッキリしたように、時にはグローバルな視点で自分の足元と将来を見てみては?その時、自分や自分の職業が社会やクライアントから必要とされ、そのことによって活き活きとしているために。

 

 専門性の重要性は、言うまでもありません。その上で、基礎力を上げていく。基礎力の代表指標が「(自分や人との)コミュニケーションスキル」です。基礎力を身につけるには時間がかかりますが、将来のリーダーシップ力につながるものです。

 

 

 数ヶ月前、日本の民間病院の優れた医療サービスが高い評価を得て、本格的な海外進出を検討している、とメディアで取り上げられていました。もちろん、そのサービスの中にはリハビリテーションも含まれています。時代は、そこまで来ている、ということです。